感動の共有、のぶながTOPページへTOPへ
写真豊富な のぶながワールド

≪  楡次老城 (普中市)  ≫

隋の時代からの古城
城隍閣
県衛
文廟
鳳鳴書院
城門・城壁
清虚閣
大乗寺


洛陽(龍門石窟)、平遥、太原、北京 一人旅 (10)
2015/11/02 〜 2015/11/16






今回の旅では珍しく 爽快な青空が映る。






楡次老城へは、太原からバスで日帰り、、
太原火車站 (五一東街の最も駅寄り) から、、路線バス 901路 が普中市へ行く。
ややこしいのは、、901路、901主路、901支路  と複数の表示がある事だ。
901主路、901支路 が、 目的の 楡次老城に停車するが、、
901路は、、楡次老城の一つ手前の珠宝名店で降車して歩かねばならない。  運賃は 3元。







↓  バス停・楡次老城の目の前が 楡次老城の駐車場    楡次老城へは無料  ↓




楡次老城へは無料だが、、、城隍廟、県衛 etc の各施設へは 60元の共通入場券が必要だ。
入場券販売窓口のニコヤカなおばさん、、、老人免費の為に、、トランシーバーで連絡、、
↓  暫くすると、、若い女性がやって来て、、手書きで入場券を作成してくれた。  ↓
各施設で、、入場の度にパンチする。




事前には、、楡次老城のMAPは手に入らなくて、、何処から何処までが観光領域かが把握できなかった。
Googole Map でも 百度 Map でも 施設名の表示がない程に、、観光的にはマイナーなのだ。




現地での全体図看板





先ずは、、城隍廟





広い廟前広場、、、左右に 鉄製の獅子を配して 堂々たる風格である。
元の時代 1362年の創建。


平遥古城の城内の 城隍廟や、文廟と比べると、、ここ楡次老城は雄大だ。


楡次老城の公的な情報は、得られない、、Wikipedia でも見当たらない。
世界遺産に登録された平遥古城との格差が極端だが、、、
現存している建造物に接する限り、、明らかに 楡次老城の方が大規模で格上だ。

歴史的には、大都市であった太原に近いから、その分重要度も高かったのだろう。

ただ、、田舎故に 城壁内全てが保存されている平遥古城だが、、
現実情勢の発展の必要度から、、街が再開発され、、
保存された部分が少ないのが、、観光的にはマイナーとなってしまったのだろう。

  ↑  個人的な感想  ↑
←  山門の彫像も 芸術的技量は高い。 ↓



山門 → 玄鑑楼 → 楽浪 → 顕祐殿  と奥に進む。





↓    山門の屋根、、、奥が 玄鑑楼の屋根 (高さ25m)   ↓




顕祐殿の屋根



小まめに補修されているのだろう、、各殿の鬼瓦装飾が面白い。





↓  寝殿の内部  ↓
仏教寺院の仏像と違い、、
城隍廟、文廟、財神殿等の彫像は、現世的で、、私の興味は薄いが、、
相当にレベルの高い感性で作られているのは判る。



天縁宮




元君殿





↑  財神殿



西花園




城隍廟を出て、、東大街を  西へ




名前は確認できない楼閣




県衛広場 南の 大戯台

↑  県衛 も 堂々たるものだ。  ↑


県衛 = 役所

宋時代 (960年〜1279年) の創建

石牌楼

衛門





儀門

大堂




役所なので、本尊のような特に展示する物はない。



戒石坊、、六房








牢獄、、牢神廟




東西南北の大街の中心に建つ 楼閣=市楼
映画等のロケ地として有名だそうだ。




市楼から見る  北大街




南大街、、この突き当りが 清虚閣




西の 龍王廟街 (西大街に相当)、、文廟がある。




↓  市楼には上楼出来ない。

塗料も剥げた古店舗、、、表通りでも未利用の建物が多い。



タトゥー屋




龍王廟街 から見る 市楼、、、  観光客は殆ど居ない。





文廟 (孔子廟) 前の 石壁




文廟広場の 石牌楼




文廟




大成門





大成門の装飾画




大成殿




大成殿内部




龍の絡みつく石柱、、手の込んだレリーフだ。






色鮮やかな屋根装飾、、
この鮮やかさの コーヒーカップ、お皿などの食器、置物があれば手に入れたいのだが、
庭用の仏塔しか手に入れていない。





西隣の 鳳鳴書院

鳳鳴書院の正面入口は閉鎖され、、文廟からしか入れない。




鳳鳴書院  屋根の柔らかな曲線が、、ゆったりとした庭園と相容れ、、心地良い一画となっている。








鳳鳴書院の内部は ガランドー


文廟に戻り、、龍王廟街を西へ、、、城門・城壁へ向かう。

鳳鳴書院の正面入口は閉鎖され、、
文廟からしか入れない。



城門・城壁 は、、残されているのはこれだけだ。  (内側)




城門の外側













西門街を通り南大街に出る。





南大街は、、観光客は殆ど見られない。  店舗も営業はしているが、、ゲテモノ風
↓  前方は 清虚閣  ↓




蛇館、射的屋、、機関銃等の軍用払下品、、




全くの廃墟の様な町並みの奥に 清虚閣、、




↓  清虚閣、、入場禁止  ↓




門扉から撮った清虚閣



広大な広場の中央に楼閣が建つ、、



これだけの観光資源を有しながら、、、公開できない、、知名度の低さ。
普中市観光局としては、、平遥古城と楡次老城とは両立しないと決めているのだろう。






来た道を戻る。


県衛広場





愛嬌のある彫りの深い石獅子


レプリカがあれば、、即購入だ。



城隍廟前の 鉄製獅子、、翼を持っている。



バス道まで出て、、南下する。



■   大乗寺   ■

ネット検索しても、、全く不明


バス道の府興路を南下する。  荒地の向うに屋根が見える。


再開発ビルの工事現場から、、大乗寺の境内が見えたので、、工事現場の人に、入っても良いかと許可を得て、、進入する。

楡次では、、城隍廟、県衛、文廟、、と 南が入場門であった。
ここ 大乗寺も、、南に山門だが、、私が入ったのは、、大雄宝殿の背後から、、


大雄宝殿の背後から、、、寺内の道は工事中




↓  大雄宝殿の正面     大雄宝殿から 圓覚殿 を見る  ↓



大乗寺  は、現在は公開されていないようだが、、

たまたま、、、清掃のおばさんが、、大雄宝殿の清掃の為に、、扉を開けていたので、拝観させてもらった。
おばさん、、ニコヤカに話しかけてくるが、、私は 「 不明白 」 の繰り返し、、


素晴らしい和みの空間だ。

壁面は、柔らかな色彩の風景、、其処に金色の 釈迦の弟子達、、、
明るさに華やかさ、、とても居心地が良い。


少しタイミングがずれていたら、、この素晴らしい光景には遭遇しなかったのだ。
ラッキー !




南に下る。

圓覚殿




圓覚殿内部 (窓越しに撮る)



圓覚殿 前に、、巨大な観音像を設置中、、、大理石である。


山門は 閉門中だが、、横の売店は OPEN している。

何時の日か、、近い将来に、、南の山門から参拝したいものである。

現地に掲示されていた楡次老城案内図に、、
大乗寺として記載されているから、、由緒あるお寺?
これほど立派な寺院なのに、、ネットに情報なし!

新しいお寺なのであろうか ?

大雄宝殿内部は、、必見の空間である。

ただ、、背後にお決まりの 財善童子と観音菩薩の情景があったのかどうか?
あれば、、素晴らしいものに違いない!!
その時に、、気がつかない己のボケ具合が悔やまれる。


901支路のバスで太原に戻る。

途中、、太原南站で降車して、、北京への帰路の際
広くて、金網で仕切られた中央分離帯がある道路を
駅舎の方へ渡れるのかどうか 確かめた。



洛陽(龍門石窟)、平遥、太原、北京 目次へ
海外旅行専用目次へ    中国旅行専用目次へ
     感動の共有、のぶながTOPページへTOPへ