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≪伊藤若冲の石仏、五百羅漢、石峰寺≫

若冲(1716-1800)が晩年に隠棲者として過ごした
京都深草の石峰寺に
若冲が下絵を描いたという石仏がある。
釈迦誕生から涅槃に至るまでの場面構成である。

2005/03


  





愛宕の念仏寺は早くから知っていたのだが
この石峰寺の若冲五百羅漢は最近まで全く知らなかった。

2005年2月、七条の京都国立博物館の若冲特別展示がきっかけ




2005-03-12 訪問
晴れ、突然雨、雪とめまぐるしく変わる天候だったが、、
京阪電車の深草駅から徒歩で10分程

← この細い路地の奥に石峰寺がある。

↓ 階段の上に石峰寺の門
左右は民家
石峰寺(せきほうじ)

黄檗宗の禅寺である。
  奥正面が本堂
本堂から入口を見る

派手さはないが、生活感を感じさせる清潔さがあった。

入場料300円で、B5一枚のパンフレットをもらう。
入口で管理している訳ではないが、フレンドリーな僧が気持ちのよい応対である。

本堂前で水彩画の講釈中、、
↓ 本堂横から裏山に向かうと、、石仏の領域。
裏山への入口と言うより、裏山からの裏口なのか?? ↑
訪問客はチラホラ、、、
花の季節、雪景色の時には写真マニヤが集まりそうである。


裏山は、50m×50mよりは広く
100m×100mよりは狭いという程度の広さである。

≪釈迦誕生≫
≪来迎諸普≫
≪出山の釈迦≫
≪十八羅漢≫
≪説法、釈迦・文殊・普賢≫
≪托鉢修行≫
≪諸羅漢座禅窟≫
≪涅槃場≫
≪賽の河原≫
と各場面が群像となっている。

≪釈迦誕生≫ ↑ ≪来迎諸普≫


↑ ≪来迎諸普≫

≪釈迦誕生≫ ↑

↑ ≪十八羅漢≫


↑ ≪説法、釈迦・文殊・普賢≫


↑ ≪説法、釈迦・文殊・普賢≫ 横から

↑ ≪托鉢修行≫


↑ ≪諸羅漢座禅窟≫


↑ ≪涅槃場≫


↑ ≪賽の河原≫
中心は近年の作??





各石仏を個別に観察すると、、、
















殆んどの石仏は、薄いレリーフである。
長年の風雨で風化したとしても、迫力には欠ける。































伊藤若冲の石仏、五百羅漢と、、
奇才の晩年の枯れた(きばりのない)境地、、、
それでも、強烈な若冲の、、、と
大きな期待を抱いて訪れたのだが、

風化して丸くなったのが原因だとしても、
物足りない、、、、、、、、
配置や造形、、企画力や才気が伝わってこない。

ヴィンチ村のレオ様の「最後の晩餐」など、
惨憺たる現状ではあっても、
各構成人の配置や表現力の痕跡を眺めていると
「考えるとはこうゆう事だ、知性と感性の融合の、、、」
と、驚きを持ってその才気に魅せられる。



若冲の下絵を元に、、と言うけれど
下絵は残っているのだろうか?

野菜の涅槃図なども描いた若冲だから
この手のデザインもあり得るのか??

しかし、若冲を外して、単に石仏群として見れば
大いに雰囲気のある五百羅漢さん達の舞台である。


季節を変えての再訪も興あるやも知れぬ。

*************

■  帰路は、、直ぐ北の伏見稲荷に、、 ■
稲荷山標高233mを一周、
4km、2時間の散策で、、
何もかも神、大神、大明神、、、神域と
奉納された鳥居群、塚、社、、の驚きの多さに
欲しいものを、神に頼みたいものを、
その欲望毎に神を創り奉り、、、
我欲の数だけ神を創造する人間の歴史の結果
俗世の集大成とも言える領域だ。
人間の欲望、煩悩、貪欲さ、呆れて、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、
努力するか、諦めるか、の選択しかなく
神頼みなど体験した事のない者にとっては
摩訶不思議な異質な領域であった。





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