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≪ ダンブッラ、スリランカ最大の石窟寺院 ≫

Sri Lanka Dambulla, Ran Giri
紀元前1世紀の創建

2010-10-02 〜 2010-10-07
スリランカ、シーギリヤ・レディに逢いたくて(5)







紀元前1世紀の創建
ヴァラガム・バーフ王が、インドのタミル王朝の攻撃を受け、首都アヌラーダプラを追われ
ここダンブッラの洞窟に隠れて、奪回のチャンスを待っていた。
そして、アヌラーダプラ奪回を成し遂げた後に、、ここに寺院を建立したのが始まりである。

その後、ポロンナルワに首都が移ってから、壁画が描かれ始めた。
以後、、キャンディ王朝期にも何度も修復が行われているので、、、当初のままの壁画ではない。


Ran Giri 黄金の岩と呼ばれる巨大な岩山に、5つの石窟寺院が掘られている。
ダンブッラとは 「 水が湧き出る岩 」 と言う意味。


中国が寄贈した黄金大仏の前が入場券売場

石窟寺院は、この裏山にある。


持参したGPSの記録によれば、
黄金大仏前の標高が、180m
石窟寺院の最高値が、275m
長い階段を、95mの標高差を登る。


階段は全て確りとしている。
周囲の緑が涼しげである。



標高80m程上った処で、、北東に視界が開ける。
20km離れた シーギリヤ・ロックが、、爽快に展望できる。


右下に見える赤白の塔は、ランギリ スリランカ という仏教放送局 (テレビとラジオ) のアンテナ ↑



階段は、、もう少しで石窟寺院の入口である。



ダンブッラの巨大な岩山




入口である。  脱帽、、素足となる。




まさに 一つの岩山である。










岩山の下に洞窟が掘られ、、その前に廊下が設けられている。




第1窟 〜 第5窟 までは、、見通せる距離である。

アジャンタの石窟寺院のように、、遥か向うまで、、という距離ではない。




巨大な岩山は、、オーバーハングしているので、雨水は、、入り込まない。




■■    第1窟    ■■

デーヴァ・ラージャ・ヴィハーラ 神々の王の寺

小さな窟であるが、、いっぱいに14mの涅槃仏が彫られている。




天井、壁と絵が描かれている。








↑ の右下の位置に描かれている絵、、仏教的ではないが、、、↑




← 特徴的な釈迦の足の裏


↓ ヒンドゥ教ヴィシュヌ神の部屋 ↓






■■    第2窟    ■■

マハー・ラージャ・ヴィハーラ 偉大な王の寺

巨大な洞窟である。  幅52m、奥行き25m、入口の高さ6m





天井や壁の壁画は、、圧倒的な量である。





岩山とつながって彫りだされた仏像もあり、、他の石で彫られた仏像も、、合計56体が祀られている。









修復がなされているのではっきりと見える。


釈迦の足の裏は、、ここでも赤く、、華麗な丸模様








印象が麻痺しないように外にも目を向ける。




■■    第3窟    ■■


マハー・アルト・ヴィハーラ  偉大な新しい寺

18世紀の創建






9mの涅槃像
57体 (62体?) の仏像



壁画も多彩ではあるが、、、、、注意深く鑑賞する気力がなくなっている。

↑ キャンディ王朝のスリー・ヴィクラマ・ラージャ・シナハ王の像



涅槃像と天井画  目がパッチリであしの指が揃っているのは、、涅槃ではなく休んでいるだけ、、



一旦外を見て、、





■■    第4窟    ■■

パッツィーマヴィハーラ  3人の王の寺

キャンディ王朝末期の創建

こじんまりとした窟だが、、内容は豊富である。








天井画のデザインも魅力的である。




外に出て、、岩山を見上げると、、 オーバーハングの下に、、壁画の残存がクッキリと見える。



■■    第5窟    ■■

デワナ・アルト・ヴィハーラ

1915年の創建

↓ 黄金の涅槃仏 ↓




↓ 釈迦の手の内は赤い

3匹のナーガを後背にした仏陀坐像  →



全窟を見た後、、岩山を見上げると、、
吊梯子が途中まで垂れているのが見えた。










↓ 中国の寄贈、、、、 ↓

スリランカ、ミャンマー、マレーシア、、と 中東〜東アジアの石油輸送ルートへの影響力強化の国策は、至る所で耳にする。









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