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≪  ミーソン遺跡  ≫

My Son Ruin 美山

ベトナム中部旅行 (1)
2014/04/06 〜 2014/04/11


 





My Son Ruin 美山   ミーソン遺跡 ヒンドゥー教

チャンパ王国 (2世紀末〜17世紀) の聖地。
中国とオリエント地方との貿易で栄える。
8〜17世紀の繁栄期の遺跡が、ベトナム中部の各地に残る。

ミーソン遺跡
クアンナム遺跡
ビンディン遺跡
ポー・ナガル遺跡
ポー・ハイ遺跡 etc が発見されている。

★ ミーソン遺跡:  4〜13世紀 と長期にわたり造営されている。

チャンパ王国の滅亡後は忘れ去られ、1898年にフランス人M.C.Parisにより、密林の中偶然発見された。

発見当初は、8〜13世紀末の約70棟の遺構があったが、1969年、1972年のアメリカ軍の爆撃により破壊され
約20棟しか残っていなかったが、 1975年ベトナム統一後、1980年にポーランドとベトナムとの協力で復元作業が開始されている。。



ホイアンの旧市街からミーソン遺跡までは、40km弱。  走行時間は約1時間。
ホイアンの街から西へ向かい
国道1号線に出て、南下する。

南下6kmの街で、西へ進路変更。

西へ17km地点で、
ミーソン遺跡へ9kmの標識を南下。

8kmでチケット売り場に到着。
ホイアンの街中から、国道1号線までは
水田地帯の中、、、

6km程南下すると、賑やかな市場など
村ではなく明らかに街の賑わい。

そこを西へ右折すると、、610号線。
まもなく村の雰囲気に情景は変わる。

舗装はされている。
鉄道線路と並走したり、下をくぐったり。

木ボン川には鉄橋が架かっていた。

610号線を西へ17km地点で、ミーソン遺跡へ9kmの標識。 南下。


この南下は、生活道路ではなく全くのミーソン遺跡への道だ。  → →




↓ ミーソン遺跡ゾーンの入口は、チケット売場と遺跡展示館とトイレがある。 ↓




展示室で、トイレ休憩の後、1.5km車で移動し、
残り 1km は徒歩で、約15分。

遺跡関連ショウの舞台や土産物屋、、
裏にはトイレ。

遺跡の配置図の看板を見て、、
行動プランを考える。




↓   聖山マハーパルヴァタ山 ↓

ミーソン遺跡は、聖山に囲まれた盆地の中にある。




駐車場から15分程歩けば、土産物屋や舞台が、、、


遺跡は、、A 〜 H グループに分かれている。

それぞれは、100m程度の距離である。

ただ、、Hグループだけが離れていて、、
殆ど破壊されたままとの情報で、、寄れなかった。




↓   ダナンのチャム彫刻博物館で購入したガイドブックより  ↓


↑   遺構の分類記号は、1909年のフランス人 H.Parmentierr の報告書による。 ↑




■ ■  BCDグループ  ■ ■




↑  BCD遺跡群と背後のマハーパルヴァタ山  ↓

北から南を見る。





↓ 西から東方向を見る。 ↓

↑    左が Cグループ、右が  Bグループ     ↑
奥(東)に Dグループ







C1 主祠堂




C2楼門、  C3宝物庫





↓    奥の中央の高い建物がが B5宝物庫、  右端の塔が B3   ↓
手前が B1主祠堂の基礎部分

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B5宝物庫





B5宝物庫






B2 楼門





B6 内部




B4廃墟と B3塔                   &        B1主祠堂内部の  リンガ と ヨニ





B5宝物庫 の壁面装飾  レンガ造り

レンガ造りにしてはキレイに残っているが、、精巧で美しいとは言えない。
柱の装飾模様も手がこんでいる。
建造当初は美しかったであろう。
( 漆喰で上塗りされていた??  金箔貼り?? )




B5宝物庫? の天井




B3塔          B4廃墟




B3塔 入口と内部




B3塔 の横

神像彫刻かアプサラスか不明瞭




C1 主祠堂 南壁面




C1 主祠堂 内部


ヨニ




C2楼門 と 背後に D2矩形房





C2楼門 を通して D2矩形房 を見る。




D1矩形房




D1矩形房










D2矩形房 東入口




レンガではない砂岩の彫刻




矩形房 内部





■ ■  Gグループ  ■ ■



小高い丘の上 (標高差6m) に建てられている。 




破壊されされたのだが、、一部が復元されている。



明らかに レンガが新しい。






G1主祠堂








G1主祠堂の奥室








G1主祠堂の基礎部分のレリーフ










■ ■  Aグループ  ■ ■




小高い丘の上 (標高差3m) に建てられている。




現在も A1主祠堂は 復元中で、、近寄れるが登れなかった。







■ ■  EFグループ  ■ ■








中央が E1主祠堂     右端が 宝物庫E7





宝物庫E7 完全に復元である。    手前のヨニ





E6副祠堂      E1主祠堂廃墟   E4副祠堂の塔部  ( 南から北を見る )




F1 廃墟




E4副祠堂の塔部  ( 北から南を見る )






■ ■  グループ  ■ ■






立ち寄れなかったのでガイドブックより。





ミーソン遺跡は、、事前の学習では、、
レンガ造りの為、魅力的な彫刻には出会えない、、見た写真にも心躍る物は皆無であったので、、
是非とも探訪したいとは思わなかった。
現実に訪問して、、予想通りの結果であり、、、期待を良い方に裏切られる事はなかったのである。

( アンコール遺跡群やカジュラーホ寺院群等の強烈に魅力的な彫刻の洪水を体験した者にとっては、贅沢な悩みである。 )
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砂岩の出来の良い物は、ダナンのチャム彫刻博物館に集められている事を期待するのみである。





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