写真豊富な、のぶなが山行記
■ コース=清滝バス停 → 林道 → 空也滝 → 林道出会 → 月輪寺 →
→ 愛宕神社、愛宕山山頂→ 水尾分岐 → 清滝バス停
02年10月05日 天候=うす曇、上空は晴れ
■ 所要時間=清滝バス停発 9:45 → 高雄分岐10:00 → 月輪寺・林道出会10:20 →
→ 空也滝10:30 → 月輪寺・林道出会10:42 → 月輪寺11:48、11:58 →
→ 展望岩1:08、1:20 → 愛宕神社石段下1:30 → 愛宕神社、山頂1:42、2:00 →
→ 黒い総門2:20 → 水尾分岐2:50 → 7合目休憩所3:00 → 大杉社3:15 →
→ お助け水3:54 → 清滝バス停 4:10
登り計 3時間40分 下り計 2時間10分 総合計 5時間50分
≪標高差 850m≫ 標高差は意外とある。 北岳の標高差=1663m、剣尾山=485mである。
主な標高≪愛宕山924m≫
■ 嵐山から清滝行きバスは、朝夕は1時間に3〜4本あるので時間を気にする事はない。
■ 清滝から愛宕神社への表参道は、整備された広い階段が多いので、登山気分にはなれないという理由で
登りは、月輪寺経由を選ぶ。 ずっと樹林帯で月輪寺から上は道も細く、少しは山登りらしい。
全国愛宕神社の総本社で、火の用心の神様として、地元の参拝者が登る山であり、
アルプスの合間に山に登る感覚でいると、標高差900m以上なのに、山に登った開放感はなかった。
■ 展望は、月輪寺から山頂手前の展望岩から京都市内が見えるが視角は狭い。
表参道では、7合目の休憩所からの京都市内の展望が得られるが、期待する程のものではない。
■ 清滝手前の5百羅漢の念仏寺の愛宕寺は、<オタギ>と読むのに、愛宕神社は、<アタゴ>となっている。
月輪寺は、<ツキノワデラ>と読むそうです。
渡月橋から見た ↓ 愛宕山山頂(凸部) 真中遠方が愛宕山、帰りの夕方に撮った風景
|
観光地”嵐山”の雑踏を抜け 静寂の清滝へ、、、 清滝は、五百羅漢さんの 愛宕念仏寺の1つ奥にある。 |
清滝バス終点。 トイレあり |
|
清滝川へと下って行く |
↓清滝川の高雄方面 |
バス停を清滝川に下ると 大きな字で「売り地」 猿渡橋の上から旅館を見ると 「売り物件」 寂れてしまったのだ、、、、 ハイカー、参拝者が通過するのみ 二の鳥居を真っ直ぐ登れば表参道 私は、右に折れて、 車道を高雄方面に進む。 |
↓ 登山口の二の鳥居 |
↓林道の先には2グループ |
林道を10分歩けば分岐 ↓高雄方面は右に下る |
↓堂承川沿いの林道 |
←標識のない分岐 空也滝は真っ直ぐに林道を進む 左の登りは、表参道に通じるらしい → 高雄分岐から20分程で、 空也滝、月輪寺、林道の分岐 なんと タクシーが10台も待機中 → |
||
←空也滝へは川の右側のセメントの道を登る 空也滝へは10分、、、 全てセメントで固められている道。 樹林が深くて少し陰気、、、→ |
||
事前にネットで愛宕山を調べても 空也滝の画像紹介には出会わなかったので、滝があるだけだと思っていたら、、、、 ←鳥居があって建物まで、、 →人家が数軒あって、滝への道か、侵入して良いのか、判断しかねる。 とりあえず真っ直ぐ進んで見る。 |
↓人家の裏が空也滝 |
||
意外や意外、 見栄えのする滝である。 役小角(えんのおづぬ)が前鬼、後鬼を従えた石像を初め、結構賑やかな空間であった。 役小角、このオッサンどこにでも登場する、、、、行動力、影響力の凄さは怪人と言うに相応しい。 |
←分岐に戻り、月輪寺への登り道 ここからは完全に山道である。 樹林の中だが、明るく健康的な山道であった。 10人前後の参拝者グループが数組下りて来る。 「コンチワー」 に対して 皆さん 「ようお参り」 「ようお参りな〜」 と気持ち良い。 下のタクシーはこの人達を待っていたのだろう、、、、 |
||
←月輪寺道の中間点 → 分岐から1時間で月輪寺 月輪寺は、重要文化財も多く 歴史上、重要な人物との関わりも多々あり、、、、、、どうせ直ぐに忘れるから、どうでも良い ↓細い敷地に、人が住んで居られる |
||
湧き水はあるが、缶飲料はない |
三祖師堂・愛宕権現堂 |
本堂 |
|
↓ 月輪寺を超えると細い道 |
↓(振り返る) 左が月輪寺からの登り道 右は空也滝への下り道 |
タマに展望のある場所があるが、、 ありふれた山並みなので、面白みは感じない |
↓分岐 左は愛宕山への登り 右へは梨ノ木谷への下り |
↓(左の分岐で振り返る) 左:梨ノ木谷への下り 右:月輪寺からの登り |
最も展望の良いと言われる岩 |
展望岩からの京都市街、、ガスで× |
|
苔むした大岩 |
展望岩から数分で愛宕山道出会 |
出会いを左に行くと愛宕神社に、、 |
愛宕神社本殿への立派な石段 |
登った石段を振り返る |
↑本殿だと思ったら、単なる門(神門) この上にまだ階段があるのだ。 ↓上と同じ位置から光学6倍の望遠で 下の画像のオリジナル画像から ふくよかな観音様だけトリミング → デジタルカメラの解像度も棄てた物ではない オリジナル画像は2400*1600ピクセル |
↑神門から、まだ階段が、、、 ↓やっと本殿が見えた |
|
↓924mにあるのに 広大な本殿空間 |
↓欄間の透かし彫りも立派なものが 孔雀、イノシシ、、と多彩である |
↓本殿裏は、汚い!! 廃材、割れたガラスと、品位を疑う |
← 参拝登山記念の石柱が立ち並ぶ。 3000回というのも見られた。 全国の愛宕神社の総本宮で、火伏・防火の神であるそうな。 標高差800m以上登る位置にあるのに 子供のお払い、祈願、の2組に遭い 参拝者も多く、結構に収入の多い神社に見える。 「3才までにお参りすると、一生火事に遭わない」 と言われているそうで、小さな子供連れが多いのだそうな。 この手の”人に安易な期待を抱かせる”作り話を多く流布させるのが宗教繁栄の基本的手段。 |
↑↓社務所前の広い参道 |
|
↓ 落ち着いた参道を20分程下り、総門(黒門)に 黒門を見返る→ 下山の登山者もチラホラだが、 午後2時なのに登って来る登山者もチラホラ |
|
↓この辺りは良いが、歩き難い段差の階段が多い |
↓ 物を売っていたような造りの廃屋 |
↓水尾方面、牛松山636mか? |
↓水尾(右)への分岐点 |
↓7合目、 京都市街の展望が良い |
↓7合目からの京都市街展望 |
↓望遠で京都市街、2羽の鳥影。 少しガス |
大杉社 |
母秘屋理乃命との石標が、、 |
大杉社は荒れ放題、永年にわたって見棄てられている気配である。 一方、右の写真の巨木の社は、前に人家があって、毎日手いれされているようで、対比が目立った。 大杉社の哀れさが気になって、清滝で地元の人に訊いて見ると、 「管理は愛宕神社なのだが、今は世話する人が居なくなってしまった」 と教えてもらったのだが、 愛宕神社の神主だってこの現状を知っているだろうに、管理地内のこんな荒廃した社に心を痛めない人間に疑問を抱く。 社務所の自販機の張り紙の汚さといい、本殿裏の汚さといい、愛宕神社の品位が推し量られる。 古来のブランドに胡座をかき、宗教の原点を忘れ、慢心、、、と、そこに関わる人間に悪いイメージがデフレスパイラル。 |
↑歩き難さでは最悪 当然、左の端を下る 今回はストックを使わずに済んだが 月輪寺で左足裏に違和感が出た。 帰宅後確認すると、マメの前兆が |
↑お助け水。 このチビちゃんは、5合目までは自分の足で登ったそうな。 そこからは抱っこで本殿まで。 素直に育ちそう! |
↑やっと、登山口の二の鳥居 平野屋前が一の鳥居で、1丁目。 山頂が50丁目で、1丁109m 二の鳥居が何丁目か判らなかった。 |
帰路、嵐山渡月橋から 遥か彼方に 愛宕山の山頂を見る |
愛宕山は9月初めに登る予定であった。のぶながTOPへ 掲示板に参加して、感動の共有と増幅を! ≪我が登山歴へ≫
早朝準備して出かける前に、86歳の父に新聞を届けに行くと、数年前から危険をはらんでいる心臓を押えて「痛い痛い」と、、、、大慌てで病院にTEL、「当直の先生がいるから直ぐに来い」
10日間、集中治療室で、、、初めての喪主、通夜、葬儀と済まし、家の整理と、、心労は肩にズッシリとやって来る。
精神的疲労を肉体的疲労で誤魔化そうと、今回の愛宕山登山となった。
父はここ数年、母の介護をしていたが、穏やかな笑顔を見せていたので、喜ばしい晩年であったと、、
愛宕山は、笑顔の老父の思い出と一緒になった特別の山となるだろう。
■ ≪私の山登り観≫
『高い山に登れば地球が見えてくる』 ≪何億年の地球の営みが見えてくる、そこに居る小さな人間が見えてくる。
ホンの一瞬に生きる小さな人間、さあ!どう生きようか?≫ 単独登山はスポーツではない、人生哲学的行動である。